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リーダーシップについて息子が教えてくれた5つのこと


子育てから、デザイナーやクライアント、プロジェクトの育て方についても学べることは多くある。特にIDEOの仲間たちがそうであるように、息子は出会うものすべてに大きな好奇心を持ち、積み木で遊んでいる時も決して失敗を恐れない。息子がやさしさやクリエイティビティ、そして愛情にあふれた少年へと成長する上でインスピレーションとなるものを揃えてあげるのは、親としての大きな責任だ。そんな日々の試行錯誤から学んだことが、実は働く上でのリーダーシップのあり方にも応用できることに気づいた。この投稿では、私が職場でリーダーとしてより成長するために、そして父として成長を遂げる方法について考えさせてくれた息子の挑戦から、5つのストーリーを紹介したい。

じっと待つことで、結果は出る

2歳になったばかりの息子と妻、そして私はある日、家の近くのカフェにいた。ベビーカーの息子はいつもどおり、自分のつま先をいじっては、靴下を脱いで遊んでいた。しばらくはそうやって、つま先をいじったり、退屈しのぎにくすぐったりしていたが、やがて靴下で自分のつま先を叩き始めた。すると奇跡的に、靴下が息子の足先にはまった。それを見た私は、とっさに履かせてあげようとしたが、息子はそれを嫌がった。そして、私たちがいつも彼に履かせる様子を覚えていたのか、その靴下を全力で引っ張ると・・・履けた!

息子は満面の笑みを見せると、私たちが驚く顔をみてうれしくなったのか、もう一度トライ。その結果、片方の足に両方の靴下をはくことにはなったが…(笑)

この「できた!」という瞬間と息子のうれしそうな顔から、私は一緒に働くにも、自力で試行錯誤し、仕事を成功させるための機会や余地を与えることが大事だと悟った。時には、頑張っても片方の足に両方の靴下をはいてしまう人がいるかもしれないが、それでもいいのだ。自分とやり方が違うからといって、他の人が成果を出すためのプロセスに干渉したり、それを止めようとしたりすれば、その人が成功を収め、リーダーとして成長することはまったく期待できなくなる。同様に、私たちIDEOは、失敗から学ぶことを楽しんでいる。最初からうまく行かなくとも、いつでも靴下を脱いで、やり直すことができるのだから。

エネルギーのベクトルを合わせる

いつも午前6時30分に可愛らしく歌うような声で起きていた息子が突如、午前4時に泣きながら目を覚ますようになった。これに対応するのは一苦労で、親の方もいつも気分よく起きられるとは限らなかった。まだ日が昇る前からネガティブな気持ちや苛立ちに取りつかれることも多かった。しばらく不機嫌な日が続いたので、私は起きてすぐ、試しに一緒に近くのアヒルがいる池まで、朝の散歩に行くことにした。すると、お互いのことに集中しすぎるのではなく、周囲の環境に一緒に目をやる新鮮な機会が訪れた。新しい日課を見つけることで、家族全員のストレスは、ワクワクへと変わったのだ。

結束の強いチームで働いていると、他のメンバーがデザイン・プロセスにおいてどこで関心を示し、エネルギーを割いているのかが分かってくる。プロジェクトのリーダーになれば、各人がプロジェクトのどの部分に魅力を感じているのかを掴み、チーム・メンバーにもうひと頑張りさせるためのきっかけを作るチャンスが与えられる。ところが、各々のテンションやエネルギーの状態が常に噛み合うわけではなく、メンバーは衝突することもある。それについてしっかり話し合わなければ、チーム全体に重苦しい雰囲気が漂うことにもなりかねない。メンバー一人ひとりと対話し、問題の根本的な原因を探るのは辛いことかもしれないが、他のメンバーの仕事のやり方や、他者に何を期待しているのかを知れば、メンバーの結束が強まるだけでなく、プロジェクトの後も続く信頼関係を築く一歩となる可能性もある。

自分を冷静に見つめるだけでなく、時にはチームに自分を見つめてもらうよう促すことも、リーダーとして同じく大切なことと言える。小人数になればなるほど、リーダーの存在がチームに色濃く反映されるようになるからだ。午前4時に起こされるのは御免だ、という日もあるかもしれないが、一呼吸おいて、腹を立てることで支払うコストのほうが高くなることを認識したり、笑顔を見せたりすれば、あなたの日常にも大きなインパクトが現れるだろう。


失敗を恐れない

初めて自転車の乗り方を習うときには、恐怖心が先に立ってしまうこともある。ヘルメットを着けて、サドルにまたがりながら、倒れるしかないような態勢で、何とか前に進もうとするなんて、考えただけでも恐ろしいものだ。最初は、何も起きないように祈りながら、ゆっくりと自転車を押し進めることだろう。そうしているうちにゆっくりと、しかし確実に早く進める自信は付いてくる。そして何回かトライするうちに、サドルに座れるようになり、ペダルを漕ぎながら徐々にスピードを上げ、やがては父親さえついて来れないような速さで走り続けられるようになるのだ。

リーダーシップの道のりの始まりには、多くの躓きが付き物だ。時には私も、頭を守ってくれるヘルメットが欲しくなる。しかし、基本を教え、指導してくれる人がいたとしても、経験を積み、最善のやり方を知るためには、最終的に自分でやってみるしかない。。見るからに居心地の悪い状況に置かれることが多くなるにつれ、自分に進むべき道を示してくれた人の気持ちも分かるようになるものだ。 また、自分が納得できるやり方で物事をこなすために、より探索的なアプローチを採用できる手段も身に着けられるようになる。

誰もが最初から、完璧なバランスで自転車に乗れるわけではないが、それは問題ではない。1日のうちにすべきことをすべて終え、誰もが達成感を得られるよう努力する中で、最初は何度か膝を擦りむくこともあるだろう。しかし、その度にサドルにまたがり、自転車を進めて行けば、やがては自力で走るだけの自信がつくはずだ。

好奇心を絶やさない

新年になると毎年、皆で義理の両親の家に集まることになっている。妻の父は正月の儀式として、ろうそくに火をつけ、今は亡き親族に祈りを捧げるため、手入れが行き届いた遺影を前に何度か拍手を打っては、間をおいて頭を下げる。小さな子どもがその一挙手一投足を真剣に観察していることなど、義父には知る由もない。それが2回ほど続くと、息子はその仕草をしっかりと覚え、義父がまったく気付かぬうちに、同じ動きを繰り返していた。

好奇心旺盛な子どもは、知らないうちに大人のしていることを観察し、まるでスポンジのように新しい情報や行動を吸収してゆく。やがて大人たちは、子どもの前ですべきではなかったことや、言うべきではなかったことに気付かされるのだ。

当時の息子に、自分が真似ている仕草の深い意味を理解することができたとは思えない。が、息子が見よう見まねで物事を理解し、認識能力を高めてゆく瞬間を目撃した私は、文化も言葉も十分に理解できない外国で働き、暮らす自分の状況にそれを重ねた。私がIDEOのプロジェクトでデザインリサーチに積極的に関わる時にも、観察能力は大事になる。しかし私は、問題に取り組み、人間の生来のニーズを満たすアイディアを出すやり方について理解を深めることの他に、自分で観察したことがどれだけ役に立っているのか、疑問に思うことが多かった。息子が改めて気づかせてくれたのは、物事の表面だけでなく内面を捉え、違った角度から見ることの大切さだった。


やり方は一つじゃない

私は息子のクリスマスのプレゼントに、磁石入りブロックのおもちゃを買ってあげた。ブロック同士がくっつき、車からロケットまで、何でも作れることが分かると、息子の目はクリスマスツリーよりも明るく輝いた。それでも、かなり大胆なものを作ったり、おもちゃを手荒に扱ったりするので、ブロックがそれに耐えきれず、崩れてしまうこともある。それに息子が不機嫌になってしまうことも多いが、そんな時は必死になだめながら、作ったものを再現してあげる。最初は、代わりに作り直してあげても、息子の思い通りのものができなくて余計に機嫌を損ねないか心配なのだが、息子は意外にも、私が作り直してあげたものを基にさらに大胆な作品を作ってゆくのだ。

仕事でも、作ろうとしたものが思ったほどしっくりこないことはよくある。チームに与えたタスクで強制的に成果を出させようとしても、皆を苛立たせるだけだ。チームメイトにこのような期待のかけ方をすると、問題を創造的に解決する自分の能力に自信が持てなくなったり、達成感を得られなかったりする可能性がある。。期待してはいけない、ということではない。大切なのは、自分のアイデアが周りの人たちによって思いがけないエキサイティングなやり方で発展していくことを受け入れる姿勢だ。その姿勢があることで、異なる専門性やバックグラウンドをもつ人たちが協業し、学び合って、新たな視点を体験する絶好の機会となることもあるからだ。

息子が日々成長を続けているのと同様、私もプロジェクトリーダーとして成長過程にある。その道のりにおいて、ものづくりのリーダーとしてどんな能力を身につけていきたいのか、また周りの人をどう成功させたいのかを、模索する機会があることに気づいた。これを達成するための道はひとつではないし、ここで成長を止めないようにしたいと思う。私は常に好奇心を持ち、未知の領域に挑んで何が起こるかを見届けなければならない。そのことをいつも思い出させてくれる息子の存在に、私は感謝している。